まえをむいて。

2009年にロースクール卒業。司法試験受験回数0回。いまから、ここから、はじめます。まえをむいて。

理想はひとまずそこに置いて。

ひと というものは 「自分」の理想を、
よくもまあ「だれか」にぐいぐいと見境なく押し付けるものだなぁ…と 感じることが このごろよくある。


その有り様は…

「自分」には もう到底成し得ないことであるからこそ、
それを成し得る「だれか」に己の想い(理想)を実現してくれと力づくで託しているようにも見えるし、

「自分」の主義主張の正当性を保つ手段として、
自分にとっての理想を、
「だれか」の想いを破壊する意図でもって 勢いよく ぶつけているようにも見える。


傍目で 理想の圧(もしくは攻撃)を受ける羽目になった「だれか」を気の毒に思いつつ、
わたしは 己の「理想」を「だれか」に押し付けてしまってはいないだろうか、と不安になり あれこれ思い起こしてみる。



あぁ…思い当たる節がある。
かつて、自分の理想で押し潰した「だれか」とは この自分自身であった。

法曹を目指した動機や、
法曹となって成し遂げたい事柄の崇高さ。

法曹としての生き方や、
法曹としての心の強さ。

1日の勉強時間の長さや、
勉強時に維持すべき集中力の高さ。

読むべき基本書の量や、
こなすべき演習問題の数。

日々の、そして将来の、自分の在り方全てを、
自らの思い描く「理想」との距離で評価し、落胆し、
暗く狭いところに 段々と 自分を追い込んでいった。

そして…
司法試験受験生として(将来的に法曹になる者として)、
自分は相応しくないと判断し、
その場所から退いた。

当時の私は、まさに自分の思い描く「理想」に
ぺしゃんこに押し潰され窒息したのだとおもう。









父が死んでしまったこと、こどもを生んだこと。


夫と並んで歩き続けること、こどもを育むこと。



自分が思い描く「理想」なんて、
ほんとうに心底無力で
何の意味もないことを思い知らされる出来事が
次から次へと この身に起きた。
自分のなかから「理想」というものの存在が
しゅるしゅると ちいさくなり消え去ったころ、
ふと思い立ったのである。


「あ。司法試験受けよう。法曹になろう。」


そこには崇高な動機も、思い描く将来の自分の理想像も、まったくなかった。
ただ、単に、よし!やろう。
という想いがあっただけだった。


勉強時間も勉強時の集中力の高さも、
ロースクール時代に合格していったひとたちの勉強風景を目の当たりにしているがゆえに
今の自分には まったく足りていない自覚が
十分過ぎるほどあったけれど、
ま、仕方ないな、とりあえず今できることをやろう、と
淡々としていられた。



自分の思い描く「理想」に引っ張ってもらったからこそ
たどり着けた場所がある。
自分の抱く「理想」に押し潰されて、立ち止まってしまったこともある。

なんだかうまくいかないな…と思ったときは、いったん自分の背負う「理想」を ごそごそとリュックの中から探し出して、
よっこらしょと 足元に置いてみるようにしている。


そうして歩き出したとしても、
自分に必要のないものは 自然と忘れていくものだし、
やっぱり自分にとって大切なものは、
もう手遅れなのではないかというくらい長い時間を経ても、
なんだかんだ手元にひょっこりかえってくるように思うのである。


そして。
ひょっこりかえってきたものを、
私は今度こそ 大切に携えていきたいと思っている。







〈アガルート進捗状況〉

総合講義 民法100 終了
総合講義 憲法100 終了
総合講義 刑法100 終了
総合講義 商法100 終了
総合講義 刑訴法100 2割

重要問題習得 民法 終了 あとは繰り返し
重要問題習得 憲法 2割




こどもたちとの夏休み。
集中して考える時間がなかなか作れないので、とにかく コマ切れでも講義を聴き進める勉強に切り替える。

とくべつ暑い今年の夏は、
日中は室内でお菓子やものづくりをして過ごし、
こどもたちとの外出はなるべく涼しくなる時間帯にすることにしている。

てまひまかけて作ったお菓子やジャムの味。
夏の夕暮れ時の公園を包む やわらかな空気。
こどもたちの心に ちいさく優しく住み着いてくれたらいいな、と願う。


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