まえをむいて。

2009年にロースクール卒業。司法試験受験回数0回。いまから、ここから、はじめます。まえをむいて。

マイナスをゼロに。

 

大学受験で一緒に浪人をしていた

医学部志望の友達が、

「みんな医者を華やかでかっこいい職業だと言うけれど、

ほんとうのところは

人間の世界のなかの 一番底の場所で働く

とても厳しく険しい職業だと思う。」

と 言っていた。

若いのに なんてすごいことを言うのかしら、

と のけぞってしまった。

医師は、病という《マイナス》を

元の健康な状態《ゼロ》に戻すことを繰り返す

地道な仕事なのだ、という。

 

 

ロースクール時代にお仕事をそばで見させていただいた弁護士の先生が、

弁護士会館での無料相談を終えて事務所に向かう帰り道に話していた言葉を思い出す。

「依頼をうけた当初は、

『先生、どうか助けてください。』と丁寧に接してくださるのだけれど、

いざ、紛争が解決したら、平然と報酬を値切ったり支払いを渋る依頼人がいるのですよ。

そりゃそうですよね。

依頼人にとっては、紛争状態が《異常》なのであって、

いざ紛争が解決したら《元の状態》に戻っただけなのだから。

紛争解決後の その状態が『あたりまえ』に感じられて、

ありがたみもなくなるのでしょうね。」

と、話していらっしゃった。

 

 

そうだ。主婦の立場からも言えることがある。

家族が散らかした部屋をせっせと片付け、

みんなが気持ちよく暮らせるように

まいにち、まいにち、整理整頓、掃除や洗濯をして。

家族みんなの健康のために献立を考え、

時間をかけて料理する。

 

家族の『あたりまえ』を創り出すことは

意外に結構 大変な仕事なのだけど、

その割にたいして評価されていないと感じる。

けれど、

「もっと私の働きを評価してよ!感謝してよ!」とちゃぶ台をひっくり返したい気持ちになったことは、

実は一度もない。

 

 

どうしてかしら、と考えてみると、

自分は日常生活を営むための

ひとつひとつのちいさな仕事の繰り返しが、

なんだかお寺のお坊さんの修行のようで

好きで楽しんでいることに気がついた。

 

[そのこと自体]をすることに

喜びや やりがいを感じることができたなら、

それに付随する他者からの評価や感謝なんて

自分にとっては大した意味を持たないのかもしれない。

 

 

医師も弁護士も、主婦も。

だれかの《マイナス》を《ゼロ》にする

地道で険しい仕事なのかもしれない。

挙げ句の果てには、

親身になって懸命に頑張ったのに

感謝どころか不満をぶつけられることすらあるかもしれない。

けれども、その仕事そのもの、それ自体に、

自分がやりがいや楽しさを感じることができたなら、

どんなことだって 仕事をする喜びとして

受け入れていけるのではないか、と思っている。

 

 

結局は、他者の評価や反応ではなく

自分の想いが軸となる。

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