まえをむいて。

2009年にロースクール卒業。司法試験受験回数0回。いまから、ここから、はじめます。まえをむいて。

離れる。

長女のスイミングの待ち時間は、
アガルートの「論証集の使い方講座」を聴きながら
長女の様子をながめ、ときどき
テキストの内容を確認する、といった過ごし方をしているのだけれど、
きょうは あいにく
レコーダーもイヤホンも 忘れてしまった。

仕方なく 唯一持ってきた 論証集の読み込みをしようと思って 気持ちを切り替えたのだけれど、

右側に座っている お母様方のおしゃべりが
まぁ、とどまることを知らず ことばの洪水状態で
うっかり巻き込まれた私はいま 溺れそうになっている。
というか、勉強を諦めてこれを書いているということは
もう とっくに あらがえなくなっているということだ。

情け無い…


壊れた蛇口から水が噴き出すような おしゃべりが
まだ 続いている。
この調子だと 最後まで、止まりそうにない。


頭が痛くなってきた。





どうしたものかと、
(それこそ本当に頭を抱えて)悩んでいたら ふと思い立った。
朝早く来てせっかく確保した席を離れ、
階段に移動してみたのだ。


パソコンを打って仕事をするひと、

穏やかな表情で本を読むひと、

じっと新聞を読むひと。


静寂。居心地のよさ。


ほんの数歩の世界のちがいで ここまで変わるものか、
と おどろき 喜び、こころのなかで
ぐっと こぶしをにぎりしめ
こみあげてくる笑みをこらえつつ、
階段に腰を下ろした。




学校、職場、習い事、住んでいる場所、親戚…

自分が望んで選びとった場所や人間関係ですら
心が拒絶する場面にでくわすことは 意外によくある。

「自分が選んだことだから。」

「自分以外のみんなは、平気にこなしているから。」

「自分のがんばりが足りないから。」

なぜかそんなふうに、自分の心が、
今いる場所や人間関係からダメージをうけたとき、
その原因を自分自身のなかに求めてしまう。


でも、それはちがう。


そんな場所から、人間関係からは、一刻も早く
できるかぎり遠く 距離をとらなければならない。


雨が降ったら、傘をさす。
傘がないなら、雨が去るまで雨宿りをする。


あれこれ理由を考えたり、
自分を責めたりするのではなく、
とにかく 自分の身と自分の心を守ること。

それが、
自分以外のだれにも迷惑をかけず、傷つけずできる
いちばん有効な方法だと、わたしは 考えている。


そんなことをすると…
なんだかひとりぼっちになりそうで、
自分だけ 変わっているのかな、なんて不安を抱えてしまうこともあるけれど、
意外に、世の中には
そっと傘を差し出してくれるひと、
雨宿りした先に 同じような考えを持ったひとが、
いたりする。


その場に適応することよりも、
自分を保つことを選択するほうが
「あたりまえ」な感覚が広がっていけばいいのになぁ、と思う。


さて。勉強、勉強。


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理想はひとまずそこに置いて。

ひと というものは 「自分」の理想を、
よくもまあ「だれか」にぐいぐいと見境なく押し付けるものだなぁ…と 感じることが このごろよくある。


その有り様は…

「自分」には もう到底成し得ないことであるからこそ、
それを成し得る「だれか」に己の想い(理想)を実現してくれと力づくで託しているようにも見えるし、

「自分」の主義主張の正当性を補強する手段として、
自分にとっての理想を、
「だれか」の想いを破壊する意図でもって 勢いよく ぶつけているようにも見える。


傍目で 理想の圧(もしくは攻撃)を受ける羽目になった「だれか」を気の毒に思いつつ、
わたしは 己の「理想」を「だれか」に押し付けてしまってはいないだろうか、と不安になり あれこれ思い起こしてみる。



あぁ…思い当たる節がある。
かつて、自分の理想で押し潰した「だれか」とは この自分自身であった。

法曹を目指した動機や、
法曹となって成し遂げたい事柄の崇高さ。

法曹としての生き方や、
法曹としての心の強さ。

1日の勉強時間の長さや、
勉強時に維持すべき集中力の高さ。

読むべき基本書の量や、
こなすべき演習問題の数。

日々の、そして将来の、自分の在り方全てを、
自らの思い描く「理想」との距離で評価し、落胆し、
暗く狭いところに 段々と 自分を追い込んでいった。

そして…
司法試験受験生として(将来的に法曹になる者として)、
自分は相応しくないと判断し、
その場所から退いた。

当時の私は、まさに自分の思い描く「理想」に
ぺしゃんこに押し潰され窒息したのだとおもう。









父が死んでしまったこと、こどもを生んだこと。


夫と並んで歩き続けること、こどもを育むこと。



自分が思い描く「理想」なんて、
ほんとうに心底無力で
何の意味もないことを思い知らされる出来事が
次から次へと この身に起きた。
自分のなかから「理想」というものの存在が
しゅるしゅると ちいさくなり消え去ったころ、
ふと思い立ったのである。


「あ。司法試験受けよう。法曹になろう。」


そこには崇高な動機も、思い描く将来の自分の理想像も、まったくなかった。
ただ、単に、よし!やろう。
という想いがあっただけだった。


勉強時間も勉強時の集中力の高さも、
ロースクール時代に合格していったひとたちの勉強風景を目の当たりにしているがゆえに
今の自分には まったく足りていない自覚が
十分過ぎるほどあったけれど、
ま、仕方ないな、とりあえず今できることをやろう、と
淡々としていられた。



自分の思い描く「理想」に引っ張ってもらったからこそ
たどり着けた場所がある。
自分の抱く「理想」に押し潰されて、立ち止まってしまったこともある。

なんだかうまくいかないな…と思ったときは、いったん自分の背負う「理想」を ごそごそとリュックの中から探し出して、
よっこらしょと 足元に置いてみるようにしている。


そうして歩き出したとしても、
自分に必要のないものは 自然と忘れていくものだし、
やっぱり自分にとって大切なものは、
もう手遅れなのではないかというくらい長い時間を経ても、
なんだかんだ手元にひょっこりかえってくるように思うのである。


そして。
ひょっこりかえってきたものを、
私は今度こそ 大切に携えていきたいと思っている。







〈アガルート進捗状況〉

総合講義 民法100 終了
総合講義 憲法100 終了
総合講義 刑法100 終了
総合講義 商法100 終了
総合講義 刑訴法100 2割

重要問題習得 民法 終了 あとは繰り返し
重要問題習得 憲法 2割




こどもたちとの夏休み。
集中して考える時間がなかなか作れないので、とにかく コマ切れでも講義を聴き進める勉強に切り替える。

とくべつ暑い今年の夏は、
日中は室内でお菓子やものづくりをして過ごし、
こどもたちとの外出はなるべく涼しくなる時間帯にすることにしている。

てまひまかけて作ったお菓子やジャムの味。
夏の夕暮れ時の公園を包む やわらかな空気。
こどもたちの心に ちいさく優しく住み着いてくれたらいいな、と願う。


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強くなる手段。

強い立場にいるひとに対して、
「あなたは自分がほんとうに間違っていないのかどうか、一度しっかり考えてみたらどうですか。」
と詰め寄り、

弱い立場にあるひとには、
「あなたはご自身が間違っているだなんて、どうか思い込まないでくださいね。」と力添えする、

それを正当な立場からそれぞれの心に届く形で
力強く発言できるだけのものが、
今の自分にあったらな…と強く思う場面にきょうも出くわしてしまった。今回は、職場で。



力関係が上の者、権力を持つ者こそ 常に、
「自分は間違っているかもしれない。」という重しを自らの上にのせて置かなければならないものだと思う。

けれども現実は…
強い立場の者が 「自分が正しい」ことがあたりまえな顔をして、
力関係が下の者、弱い立場の者の上に その重しを放り投げ さらには刺々しい言動で痛めつけているのである。ほんとうにこの構造はあちらこちらに見受けられ、目の当たりにするたびに頭と胸が締め付けられる。

弱い立場にあるひとの悲しくうつむく姿に、畳み掛けるように攻撃を続ける傲慢なうしろ姿を睨みながら、ほんとうに許せないなぁ、と思う。思うけれど、
目の前のその状況を どうにもできない今の自分のことが たぶん一番許せないのだろうな、ということに
帰りのバスに揺られながら はたと気づく。


勉強して、司法試験にうかったら、何か変わるのだろうか。
いまの私の言葉には宿らない力が、法曹になれば宿るのだろうか。

そんな簡単な話ではない気はするけれど、
自分が今より「社会的に」強い立場になることで変えていけることがあるならば、
今の自分では聞いてもらえない言葉が、聞いてほしいひとまで届く言葉に強化されるのならば、
仕方ない、やるしかない、と思いながら
帰り道の急な坂をとまらずに登りきった。


アガルートのメンテナンスで一時的に動画が見られなくなる前に、商法は終わらせてしまいたい。



〈アガルート進捗状況〉

総合講義 民法100 終了
総合講義 憲法100 終了
総合講義 刑法100 終了
総合講義 商法100 8割

重要問題習得 民法 終了 あとは繰り返し
重要問題習得 憲法 2割

10年前の宝物。

今日は仕事がない土曜日だった。
めったにないことなので、はりきって大掃除をした。
アガルートの教材が増えるにつれ ところてん式に
整理し処分するようにしているロースクール時代の書類から、もうなくなったと諦めていたものがでてきた。

ロースクール時代
エクスターンシップに関する報告会で 自分が行った
スピーチ用の原稿がひょっこりでてきたのだ。

これからエクスターンに行く多くの生徒の前で、
先人として自身のエクスターンでの経験などを報告する代表者として学校から指名されたため、
懸命に作成し、すこし緊張しながら壇上で読み上げた思い出深い文章であった。


以下がそれである。


***

この春、私は学校をやめることを考えていました。
法曹になりたいと、まったく思えなくなったからです。

私は、「日本の刑事司法を支える一員になりたい」という、強い想いを胸に、この学校に入学しました。
でも、
今の自分に どう役立つのかわからないのに、
負担だけが大きい課題がたくさん出され、
勉強している、というよりも、
無理やり勉強させられているような感覚で、
考える事をやめ、意思を殺して、ただ淡々と課題をこなし、毎日をやりぬく、
そんな生活に、疑問と苛立ちが積もっていきました。

そのような学校生活を続けているうちに2年の月日がたち、
入学時に私の心いっぱいに膨らんでいた法曹への強い想いは、すっかりしぼんで見えなくなってしまいました。

なぜ法曹になりたいのか、なぜ自分は今このような生活をしているのか、自分でもわからなくなりました。
今の自分は、法曹への夢を追っているのではなく、
法曹への夢にしがみついているだけではないのか。
学校生活を続けていくこと自体、法曹を目指していること自体に、大きな疑問を抱くようになりました。

でも、エクスターンを終えた私は、
自分が法曹への道を選び、そこに立っていることに、おおきな喜びと誇りを感じるようになりました。
それは、エクスターンでの体験や、エクスターンでお世話になったN弁護士との出会いがあったからに他なりません。

派遣先の弁護士である、N先生は奥さんとご夫婦で法律事務所をなさっていて、
弁護士になる前は検事でいらっしゃり、
弁護士になってからは多くの刑事弁護を手がけていらっしゃいました。

私は、先生が弁護士会の会議に出席された1日を除いて、常に先生と行動を共にさせていただきました。
先生とは、京都地方裁判所、無料法律相談のため京都弁護士会館、大阪高等裁判所簡易裁判所、警察署に行きました。
事務所では、先生の横に座って依頼者の相談に同席させていただき、お話を一緒に伺いました。


≪一部 事案の具体的な記載を含むため省略≫


被疑者との接見のあと、事務所に帰ってから
N先生はA4サイズのぼろぼろの茶封筒を私のところに持ってこられました。
茶封筒の裏側、一面にびっしりと日付が鉛筆で書かれていました。
それは、N先生がその被疑者と接見した日付を書き留めたものでした。
先生は言いました。
「被疑者は、検事・警察官と毎日顔を会わせます。そんなふうに毎日会うから、被疑者は検事・警察官に対して、この人になら話をしてみてもいいかなぁ。と次第に思うようになります。
それに負けないくらいの信頼関係を被疑者や被告人と築くためには、弁護士は毎日のように、被疑者・被告人に会いにいかなければなりません。刑事弁護を『まともに』やっていたら、大変ですわ。」
といいながらも、実際に、刑事弁護を『まともに』やっている先生の姿をみて、
このひとのような人間、このひとのような法曹になりたいという想いが、私の中でむくむくと膨らんでいくのを感じました。

電車の中、調停の待合室、歩きでの移動中、N先生と、私はいろんなことを話しました。
司法試験の勉強の仕方を事細かに教えてくださったり、先生の受験時代のお話を聞かせてくださいました。
また、弁論準備手続きの際に、話し合いが終わったあと、こちらに目もくれずに無言でさっさとその場を後にした、明らかに年下で法曹としても後輩である
相手方弁護士のうしろ姿に向かって、
深々とお辞儀をしてから、その場を後にするN先生の姿から、人として、法曹としてのあるべきようを学ばせていただきました。

このような時間をN先生と過ごしたエクスターン研修を終え、
私はこう思えるようになりました。


法曹への道のりは、司法試験に合格して法曹になった途端、明るく光が差し込み始め、それまではただ暗くて辛いだけ、というものではなく、
法曹を志し、歩み始めた瞬間から、その道中には光もあり闇もあり、喜びもあり苦しみもあるもの、なのだと。そう思うようになりました。
このことをN先生から教わり、私は、法曹への道のりを苦しくとも逃げ出したくなろうとも、あいも変わらず目を輝かせながら歩いていけるような気がしています。

私に、この時期に、このタイミングで、このような経験をさせてくださった、【在籍していたロースクール名】そして、エクスターンに携わって頂いたすべての先生方、事務の方に心から感謝しています。



最後に、エクスターンシップ終了後、N先生から頂いたメールを読み上げさせていただきたいと思います。


『エクスターン、ご苦労様でした。
気疲れされたことと思います。
また、立ち会えなかったり、説明が十分にできず、訳がわからなかったところも多々あったと思います。

(わたしが書いたエクスターンの)感想に、
検事や弁護士に対する違和感がとれたと書いてあったのを読ませて貰ってほっとしました。

検事は、素朴な正義感をぶつけることができる素晴らしい仕事です。庶民が真面目に仕事してちゃんと税金払っていれば、安心して暮らしていける国、それが日本、それを支えているのが検事です!!
もし、日本が法治国家というのなら、それを現実のものにしているのは、弁護士です。

志はあくまで高く、目線は低く、低く。情に流されず。ウォームハート&クールマインドで行きたいものです。

そして、プレッシャーを感じるのは、今、檜舞台に居るから。プレッシャーを楽しむ気持ちを忘れずに、頑張って下さい。これからも、どんなしょうもないことでも構いませんから、戸惑った時や、栄養をつけたい時は御連絡ください。

弁護士 N 』

これから、エクスターンに行かれる方々、ひとりひとりにとって、心の栄養となる出来事、出会いがありますことを、心から願っています。
ありがとうございました。


***



この原稿を私が壇上で読み上げているとき、
N先生は天国にいらっしゃいました。
エクスターン研修が終わってから数ヶ月後、
N先生は突然 事故で亡くなってしまわれたからです。

父を亡くした暗闇に、素晴らしいご縁に恵まれて射し込んだ灯であると感じていた N先生の存在も 遙か遠くに奪われてしまい、当時の私はひどく脱力し、夜中に月を睨みながら泣いたことが思い出されます。

このN先生からいただいたメールの内容は、
自分だけの宝物であると、ずっと大事に独り占めにしていこうと、そのように考えておりました。
10年近く時を重ねたいま、再びN先生の言葉に触れ、これは自分ひとりだけのなかに留めておくべきではないかもしれない、どなたか わからないけれど なにか「良きもの」を受け取ってくださり共有できましたら、それはとても ありがたいことだと思うに至り、
ここに記すことにいたしました。



さて。明日からも この道のりを噛み締めて、
前に前に進んでまいります。

願う。

辛いね、悲しいね、気の毒に…
と思いながら、
こころの隅っこのほうに確かにある、
自分は助かったのだな…という
後ろめたさを含んだ安堵感から目をそらす。

あの方がなぜこんな目に…どうして自分は…
とぐるぐる考えても、
でてくるのは都合のよい勝手で薄っぺらい解釈なだけで、
到底 心を晴らすようなものには辿り着けそうにない。


いま自分が感じている こころに横たわる
なんだか曇った重たいものの存在を認め、

いま自分がここでこのように「ある」ことを認め、

いますぐには無理なのだろうけれど、
そう遠くはないこの先で
自分が誰かの何かのためになれますように…と強く願いながら、
目の前のことに精進する他ない。






〈アガルート進捗状況〉

総合講義 民法100 終了
総合講義 憲法100 終了
総合講義 刑法100 7割

重要問題習得 民法 終了 あとは繰り返し
重要問題習得 憲法 2割

よーい、どん。

次女が幼稚園に入園した。

いまはまだ、
幼稚園へ9時に送り届けて12時にはお迎えにいく日々が続いているため、そこまで実感はないけれど、
長女がお腹に宿り 自分の意思どおりに動く自由を
そっと足元に置いて 歩き出してから、8年ぶりに
家族の誰に負担をかけるでもない 晴れやかな自由が
いま、この手に再び降りてきた。
こどもたちが学校に幼稚園に行っている時間、
私は、自分だけの意思で動くことができる。
親や夫やシッターさんに
こどもたちを預けることで生まれる自分だけの時間には必ずつきまとう、あの後ろめたさからも解放された、真に自由な時間だ。


次女の入園式の日。
私は 気付くと ぎゅっと拳をにぎりしめていた。
次女の姿を眺めながら、その成長に頬を緩めながら、
「いよいよ。ここからだな。」と司法試験に挑む気持ちを自ら高ぶらせていたのだった。

よーい、どん。

入園式の帰り道、夫と次女と手を繋いで歩きながら
心の中で自分に聞こえるように言ってみた。
ここからが勝負だ。できる限り 早く受かってしまいたい。


次女が幼稚園に行っている間。
それはもう 1秒も無駄にすまいと 机にかじりついて
勉強している。
ロースクールにいたときの自分の
1日分の勉強の成果に匹敵するんじゃないかというくらいの勢いで。充実…しているのだと思う。
可能な範囲で最大限に…進められているのだと思う。

でも… ちょっと疲れてしまった。それは 急に訪れる。
家事、長女、次女、勉強、仕事。
5枚のお皿を同時にくるくる、気を配り続けて 休みなく回しつづけなくちゃいけない。24時間、皿回し。
決して落とさないように、割らないように。どれもとても大切だから。
気の抜けない日々が続き、先日ついに
「だぁぁぁー!」となった。心の中でだけれど。

何もかも ふいに 投げ出したくなる感覚が押し寄せてきて、私はその場でじっと踏ん張る、耐える。

自分の中だけで対処しきれず、夫に話してみる。
夫も同じ経験に対する対処法を持っていた。すごいなぁ…社会人。

昔は受験勉強こそ 人生で一番しんどくて、そこをクリアしたら わりと楽な日々かと思っていたけれど浅はかな考えだったな、と改めて思う。
どの場所にいても、向上し続けるには 大変な労力と精神力を必要とするのだ。

試験は、勉強内容を習得できたかはもちろん、
いかなる環境下でも 動じない 逞しい精神性も試されているのだな、と合格していったひとたちの姿を思い起こす。私はどこまで行けるだろうか。
私の皿回しは、合格したあとも たぶん ずっと ずっと続く。






進捗状況

アガルート 総合講義100 民法 終了
アガルート 総合講義100 憲法 終了
アガルート 総合講義100 刑法 4割

アガルート 重要問題習得講座 民法(57問 / 73問中)





勉強中、次女からのかわいい差し入れ。

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旧姓か 今の姓か。

ロースクールを卒業した春に 私は夫と結婚した。

当時の私は、
司法試験を受験する気は さらさら なかったけれど、
もしこの先 司法試験を受けよう!と思ったときには
旧姓で受験したいし、
法曹になったら旧姓で働きたいと 夫に伝えていた。

いまから振り返ると、結婚を目の前によくもまぁ
そんなことを結婚相手に
面と向かって宣言したなぁ…と、
自分の尖っていた若かりし頃を懐かしく思うけれど、

あの時の自分には 旧姓の名前であった頃の自分が
26年間ずっと積み重ねてきた努力や成果が、
姓を改めることで綺麗さっぱり消えてしまうような感覚に耐えられなかったのだと思う。
それと、父に見せたかったけれど 生前は叶わなかった司法試験に合格した自分の名前は、
やはり父の娘であることの証として 旧姓で天国に示したい、との強い想いもあったのだと思う。


これらの理由を説明するまでもなく、
夫は、それはそうでしょう。といった様子で
当たり前のように 私の旧姓使用を受け入れてくれていた。


それから、夫の姓で暮らす日々が積み重なり
専業主婦としての自分、夫の姓を名乗る自分が板についてきて、
自分が旧姓使用を希望していたときの気持ちなど
綺麗さっぱり忘れて 遠くに置き去りにしていた頃…

自宅で夫がなくした携帯を探していたので
わたしの携帯から夫の携帯に電話をかけたとき、
音のなる夫の携帯をみつけた私は 胸の奥が喜びで ぎゅっ!となった。

夫の携帯には、
私の名前が 旧姓のフルネームで表示されていた。

携帯を私から受け取りながら、夫は すこし照れながら
「僕のなかでは 君は ずっと『旧姓のフルネームの私の名前』 なんだよね。」と 言った。

18歳からの付き合いである夫のなかに 消えずに居てくれた、旧姓の自分の姿と突然再会したこの出来事を機に、私は少しずつ 旧姓の自分が積み重ねてきた努力や抱き続けてきた想いに 正面から向き合うようになった。

次第に 旧姓の自分の積み重ねてきた がんばりに報いたいとの想いも芽生え、司法試験へと今の自分を突き動かした。


家族の状況にもよるけれど、早くて来年、遅くとも再来年から司法試験(予備試験)の受験を始める。

こどもたちはどう思うか、とか
夫のご両親が悲しまないか、とか
自分が旧姓を使うことについて まだ考え抜かなければならない部分はあるものの、
今のところ 旧姓で出願したいとの想いを抱いている。




幼稚園に入園した次女の上靴を ちょっぴり飾りつけ。
たのしく過ごすことができますように、と
想いを込める。

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