まえをむいて。

2009年にロースクール卒業。 司法試験受験回数0回。 平日は7歳と10歳の子育てをする主婦、 週末は仕事、をしつつ、 予備試験・司法試験合格を目指しています。 いまから、ここから、はじめます。 まえをむいて。

経験

「経験、体験に基づく」知識、発言、考え、判断…
ということを 身につけさせたいとの信念がある。
わが子に対しても、自分に対しても。

この夏休みは、あちこちの工場見学にいき、さまざまな職業体験をして、行ける限りの博物館や資料館に行き、たくさん泳ぎ、川で魚のつかみ取りもした。
実物に触れ、感じ、それから 関連する絵本や図鑑を図書館から借りてきて 読んで 理解を深める。
こどもたちについては、それを、きちんと継続できた夏休みだった。よくがんばった。よい夏休みだった。あとすこしだけ残っているけど。



ロースクール時代、弁護士事務所にエクスターンシップで数週間お世話になり、片時も離れず弁護士の仕事を見せていただいたとき、心底 感じたことがあった。

それは、「いまの自分では、この職業に就いても、
決して 自分が納得のいく 良い仕事はできないな。」ということだった。
自分の法曹への想いを、捨てるでもなく、絶つでもなく「冷凍保存」したのは、たぶん このときだと思う。
いますぐには、法曹にはなりたくない。でも、いつか機が熟したときに、なりたい!と思ったらなら、なろう。たぶん、そのときがきたら自分でも わかるはずだから。そのときまでは、人生で 自然に自分が望む経験を できるかぎり全力でしよう…というようなことを心に決めた気がする。


エクスターンでお世話になっている弁護士の先生が、破産の法律相談を受けたとき、
先生のとなりに座っている私を司法修習生か新人弁護士かと勘違いなさった依頼人の方が、情けない…情けない…と涙を浮かべ嘆きながら
「お願いします。どうか助けてください。」と目の前にいらっしゃり深々と頭をお下げになった。

また、
刑事事件の被告人となった方に その家族からの手紙のファックスを弁護士が見せて、それをじっと見つめる被告人の眼差しが 目を逸らしたいくらいに 辛く重く自分にのしかかった。

ほかにも、たくさんの場面で、当時のわたしは思い知ってしまったのだった。

自分には この 目の前の依頼人の方々の心情に、
想像力だけを頼りに、自分の心を同化させる方法でしか近づけない、ということを。
依頼人の状況を 自分の未熟な精神では 到底受け止めきれない、というこを。
そして、たぶんいまの自分で この職業に就いたら、心身ともに疲弊して 数年で自分が潰れるだろう、ということも。


あれから、数年。ひとつ、ひとつ、新しい経験をする度に、頭のどこかで 自分に問い、確認をする作業を無意識に続けてきたように思う。
「いまの自分なら、あの時の依頼人の方々に対して、どう向き合えるだろう。」

いつかはっきりはわからないが、そう遠くはない将来、自分にとっても 依頼人にとっても 「良い」「納得のいく仕事」のできる法曹になれたらいいな、と思う。

そのためには、全力で目の前のことを「経験」していきたい。